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2016年06月07日 Tue

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連載【木組みの家に住んで】
第十九話
「変わらずに生き残るためには、変わらなくてはならない」

「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイの第19話です。
木組の家に住み心地を、不定期連載でお届けします。

 

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第十九話
変わらずに生き残るためには、変わらなくてはならない
〜床下をふさいでおきた小さな波紋〜

三年前(2013年)にこの家を設計するにあたり松井事務所がある試みをしていたというのは、
ずっと後で知ったことでした。
それは床下を開放せずにコンクリートで閉じたことです。

これまでの連載でご紹介したとおり、
高円寺の家のエアコンは半地下に設置して床下にも暖冷気がまわるような設計がされています。
ですので、温熱を逃がさないためにも床下の基礎コンクリートを密閉するのはごく自然なことだとわたしには思えました。
しかし、そのことが伝統を守って家を建てている同業者からは「松井は伝統を捨てたのか」という心配の声があがる原因になったというのです。
いったい何があったのでしょうか。

 

高円寺の家上棟式

基礎と土台が密閉されています

パソコンで調べてみると、建築の工法は大きくわけて3つが考えられます。

①西洋の考え方が入ってくる明治以前の伝統構法
②1960年代、戦災の復興のためにはじまった在来工法
③1970年代、高度成長期に導入された2×4工法

現在の施工例は伝統構法が1%。ほぼ②、③が全体を占めているといわれています。
松井事務所に苦言を呈したのは業界全体からではありません。
伝統に携わる人たちからだったのでした。

伝統構法による「足元」というのはいったいどんなものだったのでしょう。
昔からの建て方で、「石場建て」というものがあります。
昔はコンクリートがありませんでしたから、土の上にそのまま家を建てます。
それでは接地する柱が土の湿気で腐ってしまうので、接地面だけに石を埋めてその上に柱を立てた。

それが「石場建て」というもののようです。
柱はその石に置いてあるだけ。
神社仏閣の多くはそういう足元のつくりになっているといいます。
「置いてあるだけで、よく地震のときにひっくり返らないものだ」と素人は考えますが、
知れば知るほど先人の知恵のすごさにおどろかされます。

伝統的な構法では足元近くの柱と柱の間を「足固め」ががっちりとつなぎ合わせます。
中間部は「貫」が柱同士を支えます。そして上層部は「梁」が渡されて建物の骨組みが完成されます。
その建造物を竹で編まれたザルと想像していただくと想像しやすいかもしれません。

ザルを伏せて地面に置く状態。これが伝統構法の建物です。
それからが「石場建て」が本領発揮します。
足元は石の上に柱を載せただけですから接地していても地面と建物は正確には分離しています。
ですから地震がきたとしても、地面は大きく揺れますが建物はさほど影響は受けないのです。

すごいですね。先人による免震構造というものかもしれません。
そうやって地震大国であるにかかわらず神社仏閣が損なわれず何百年も遺ってきたのでしょう。

石場建て

石場建て

石場建てにすれば床下は外にむかって開放されます。地面の湿気を通気させるためです。

貫の施工

5つの要素のうちの「貫」の施工

現在はコンクリート基礎の上に土台木を寝かせて、そこに柱を立てて縛りつけるのが主流らしいので、石場建てがどれだけ採用されているのかわたしには知ることができません。
ただ、その名残で「床下は開放する」ということが伝統でのしきたりなっているのかもしれません。

ここで、伝統に基づいた構法とはどういうものか、
素人ながらエキスを5点にしぼってまとめてみたいと思います。

①柱組み(軸組)であること。
②接合部は手刻みで金具は使わないこと(耐震)
③柱と柱は「貫(ぬき)」で支えること(耐震)
④足元の柱同士は「足固め」をして、がっちり固めること(耐震)
そして、最後の
⑤に床下は開放(通風)するというのがあったようなのです。

台風や地震、高温多湿、低温乾燥など過酷な自然環境にさらされる日本の建築物は、
永年月にわたり修正され完成度を増して現在の伝統構法に行きついた歴史があります。
5点があわさっての伝統構法。
もしそのひとつでも欠くことがあれば、「伝統を捨てたもの」と周囲の目に映ったのだと思われます。
それが声になって現れてしまったのかもしれません。

足固め貫フラットベット

「足固め」の建て方

伝統に携わる方たちが松井事務所の床下に異議を唱えたのは、もうひとつ理由があったのではないかとわたしは推測しているのです。
それは、松井事務所が高円寺の床下を閉じて温熱を追求したことが影響しているのかもしれないということです。
素人にはわからなかったことなのですが、古くからの建築をおしすすめている方たちの中には「家のつくりようは夏をもって旨とすべし」という言葉を好んで使うことがあるとお聞きしたことがあります。
徒然草に記述される言葉です。そこには冬の寒さは耐えられるけれど、夏の暑さは耐えられない、ということが書かれています。

日本は四季がはっきりしていて夏はフィリピンのような熱帯の暑さ、そして冬は北欧の寒さに見舞われます。
先人の大工はこの季節のどちらに照準を合わせて家造りをしたらよいのか、きっと頭を悩ませたものと思われます。当時の技術を考慮すれば両立は不可能です。
それで、吉田兼好のこの言葉を指針としたのかもしれません。

そうしてみると日本の家屋は夏向きにつくられていることに気づかされます。夏の強い日差しを避けるための深い軒、風の流れですぐに外せるような障子や襖。欄間は部屋上部にこもった熱気を逃がすための仕掛けであるとお聞きしたことがあります。

そういえば「日本の家は夏、涼しいが冬は寒い」というのはわたしの母がよく言っていたことです。そういう昔からの流れに現代の温熱を導入してわが道をいったのが松井事務所の仕掛けだった。

それに対し伝統的な家を建てる方たちには、夏を旨とするというのに、温熱を求めるのはけしからんということが心のどこかにあったのかもしれません。そういう声の出ることがわかっていて、あえて松井事務所が床下を閉じるに至った理由をお聞きしなくてはなりません。

近年における住宅建築の大きな流れとして、「高断熱」「高気密」が追求されていることがあるといいます。
エネルギーの消費を少なくしようという狙いがあるのでしょうね。それが国の掲げる目標です。

床下断熱の2種類

床下断熱の2種類

専門的になりますが床の断熱について大きく分けて2種類があるといいます。

①床断熱(床に断熱材を入れて家を包む)
→床を境に床下と家がわかれる。この場合、床下に通風口を設けて外気を入れる。

②基礎断熱(コンクリート基礎に断熱材を敷いて、基礎から家を包む方法)
→床下は閉じる。外気は遮断され床下と室内が一体になる構造。通気孔が部屋に設けられ床下の空気と対流させる。

松井事務所では、高円寺の施工に当たって②の基礎断熱を採用しました。床下を閉鎖して、温熱を床下も含めて利用しようとしたのです。
見た目だけかもしれませんが、床断熱を選んで床下に通風口を設けたならこうした異議は出なかったかもしれません。しかし、基礎断熱は通風口を完全に閉じてしまわなくてはなりません。
それが伝統的な建て方をしている方たちの不興を買ったののでしょう。

設計だけでなく後進の育成をされて伝統構法や木組みの家づくりの重要なポジションを占めている松井事務所は、このような「伝統を受け継ぐ」ということからもっと自由な立ち位置にいたのでしょうか。
お話を伺うと代表の松井さんにはひとつの信念があることがわかってきます。

それは、伝統はただ守るだけでは衰退してしまうというものでした。
良いものを受け継ぎながら常にチャレンジして新しい命を吹きこまないと伝統そのものが死んでしまうというのが、その基になるお考えだったのです。

1963年に日本で上映された「山猫」というイタリア映画で登場人物が印象深いセリフを言っています。
それは、「変わらずに生き残るためには、変わらなくてはならない」というものです。
逆説的でわかりにくい物言いですが、伝統の継承として言いかえれば
「(伝統というのは)たゆまず改良しながら完成された今日があるのだから、これからも更新し続けることが生き残る道だ」と読み解くことは可能かもしれません。
これは伝統構法を愛する松井代表の考え方にとても似通っているようにもみえます。
伝統を継承する者として、変わらなく生き残るためにはどうしたら良いのでしょう。

イタリア映画のセリフにならえば松井事務所が床下を閉じて温熱を追求したのは、
「(伝統構法が)変わらずに生き残るためには、変わらなくてはならない」という側面があったかもしれないことだったのです。

これまでは、伝統を守ろうと頑張っている方たちのご事情と松井事務所の立ち位置を述べてまいりました。
次に温熱がどんなものかを見ていきたいと思います。
建築基準法がどんどん変遷して、現在では「高断熱」と「高気密」が住宅建築の重要なテーマとしてあります。
しかし、気密と断熱を追求すればするほど、室の内と外に温度差が生じ→床下で結露が生まれやすくなるという問題点があることがわかってきました。いくら室内で快適な温度環境にあっても、その結果、床下が湿気っていればゆくゆくは家の土台が腐る原因となってしまいます。

そういう方策も立てなくてはなりません。
そのひとつの観察が工学院大学の研究室から提起されたのです。
昨年(15年)の春、松井事務所からわたしに連絡がはいりました。
大学の研究室が床下の結露のデータを取りたいといってきたというのです。高円寺の家が選択されてモデルになった。
観察する家屋は、床断熱(床下外部の開口あり)の3軒と基礎断熱(床下を閉じた)の高円寺1軒です。
松井事務所として、床下を閉じることで温熱をいかす自信があっても床下の結露についてはデータがあったわけではありません。
ですから、この研究はとても興味のあるテーマだったのです。

中島研究室による床下結露調査

中島研究室による床下結露調査

研究室では室内、室外、床下の三カ所に湿度計と温度計を置いて計測し、その差異から床下の結露点を割り出す方法が取られました。
結露点をこえれば、床下が湿気っているということになります。今は便利になりましたから、計測機器を設置すれば研究室に居ながらにしてデータが収集できるのです。

調査は湿気が多くなる春夏が過ぎて、乾燥期を迎える秋冬も続けられてそしてとうとう一年間のデータがそろいました。
その結果、高円寺の床下は一度も結露点を越えることがなかったと明かになったのです。

 

つまり、床下を閉じても湿気が少なかったということが、はれて証明されたことになります。
良かったですね。温熱と結露予防が両立できたのです。

でも、床下に口を開かなくてどうして好成績をおさめたのでしょう? そのことが疑問に残ります。
ふたつの床断熱の仕方にはそれぞれ特長のあることが研究でわかってきました。
先にも申しあげたとおり住宅を高気密、高断熱にすると室の内と外に温度差が生じて結露が生じやすくなるということがあるらしいのです。

  • 床断熱→床から上は温かいと床下との温度差が出て、結露の環境になってしまう。床下に外部空気の取り入れ口を設けても、結露に至る可能性があると観測された。とくに梅雨期は、開口から外の湿った空気を取り込んで結露する危険性が指摘された。
  • 基礎断熱→床下と部屋との一体断熱。床下空気と室内空気の循環で結露防止に効果あり。ただし、部屋の環境が悪ければ、そのまま床下の環境悪化を招くとの指摘。

今回の観測において例証をあげることはできませんが、高円寺の基礎断熱工法が床下結露の発生の可能性が少ないということにおいて他3軒の床断熱工法にくらべて圧倒的な好成績をおさめました。
ただそれがそのまま床断熱にくらべて基礎断熱の優位性をあらわしているのではないような気がします。
木組みの家と基礎断熱の相性が良かったのだろうと思えるのです。
先にも述べさせていただいたように、基礎断熱工法の床下は室内空気と循環しています。
つまり床下は室内の環境と一体なのです。

松井事務所の家づくりは、石場建てこそしていないものの、構造物は伝統構法に則って構成されています。
その結果、漆喰壁や無垢の木材の調湿機能で、夏場の多湿、冬場の乾燥期においても室内は10%程度の湿度改善がされています。
その室内の快適さがそのまま床下に反映されているものだと、今回の研究結果で気づかされたことです。

高円寺の家は床下こそ開放されてこそいませんが、伝統的な家づくりの良さを充分に継承してさらに発展をとげているものと、わたしには思えるのでした。

 

 

<第二十話につづく>
連載「木組みの家に住んで」まとめページはこちら

 

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「松井事務所」より

高円寺の家の床下は結露しません

高円寺の家の床下は結露しません。

Kさん、いつもありがとうございます。
プロ顔負けの専門家になってきましたね……!(笑)

住宅の世界では、伝統構法と温熱の問題が叫ばれていますが、
松井事務所の立場ははっきりしていて「伝統は進化しつづける」というものです。
地球温暖化による気温・気候が変動、高度に複雑化した現代の暮らしの中で、
”快適な日本の民家”とは何なのでしょうか。

例えば、家のはじまりである竪穴式住居では、土の上に座って、一年中囲炉裏を焚いて生活していました。
土が熱を蓄え、冬には地熱が遅れて戻ってくるので、ゴザを敷いた室内は温かかったといいます。
その後、石場建てになり、床が出来ます。床の下は外ですから、もちろん冬は足元が凍てつくように寒かったのですが、温度差がありませんから、結露もありません。

時は流れ、明治維新と太平洋戦争を経て、今では石場建ての代わりに基礎コンクリートが敷かれ、床下には断熱材が設置されています。
昔の石場建てにはなかったものです。ベタ基礎で囲われた床下に流れこんだ湿気が、断熱材の入れ方次第で結露を呼ぶことが、今回の中島研究室の調査で分かりました。
時代が変遷し、新たな構法の登場と共に、新たな問題も出てきたのです。

「高円寺の家」は、貫+足固めによる木組に、”高断熱高気密”というほどではありませんが、
エアコン一台で心地よく過ごしてもらえる温熱環境になっています。床下を閉じたことで、結露のない快適な環境が得られました。

松井事務所の設計する建物は、いつでも先人の叡智と、自然素材に助けられています。
それを継承していくために、その時代その時代の問題を乗り越えながら、伝統を進化させつづけることが、大切だと思うのです。
そして、それを融合させるのは、古民家の用と美に学ぶことだと考えています。

<松井郁夫>

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第一話「木組みの家の暖房事情」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんが、エッセイを送ってくださいました。 
今日から、連載をはじめます。

Kさんは60歳でこの家を建てられ、お一人でお住まいになっています。

無垢の木と漆喰の木組みの家の生活は、どのような暮らしなのでしょうか。
日々のお住まいの様子をお楽しみください。

 

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第一話
木組みの家の暖房事情

木組みの家「高円寺の家」外観

外観の全景です

今冬の寒さはとても厳しいといわれています。

野菜が育たなくてスーパーで高騰しているくらいです。
おまけに東京では成人の日の大雪。

 

新しいわが家は畳がなくすべての床が板敷の設計です。

その板敷と寒さには思い出がありました。

わたしが40年前に入学した高校では、柔道と剣道の選択授業があったのです。わたしの選んだのは「剣道」クラス。

この剣道が寒かった。
防具をつけて板敷の体育館で素足にならなくてはいけません。
冬場はこれがつらい。

床板が冷たくて、凍える思いがするのです。

先生がくるまでは、ちゃんと立っていられなくて、震えながら「かかと」だけで立っていたおぼえがあります。
みると他の同級生も同じような格好になっていた。

ですから「板敷は寒い」というのがその頃からのわたしの印象だったのです。

今回、家を建てるにあたって、床はすべて檜(ひのき)の板敷になると聞かされていました。

床下暖房を設置するとは聞いていましたが、「板敷の寒さの」印象がよみがえってきます。
いったい、どんな住環境になるのでしょう?

 

木組みの家「高円寺の家」ダイニング

床は桧、壁は漆喰です

引っ越し日は、昨年のクリスマスでした。

実際に住んでみないとどれだけの寒さかわかりませんでしたから、 旧家から4畳半のカーペット1枚と10畳用のファンヒーターを持ち込んで寒さ対策に備えたのでした。

寒さがつらければ、すぐこれを取り出すつもりです。

暮らしてわかったことは、室内が寒くないのです。
板敷も冷たくない。

専門家に聞くと、
「床が檜(ひのき)なら冷たくないでしょ」と言われました。
床材につかう木の種類で、冷たさが違うらしいのです。

 

 

前に住んでいたのは、終戦後すぐに建てられた木造モルタルの家だったのですが、冬のさかりには頭が冷えて暖房なしではいられなかった。
でも、新しい家では、そういう厳しさを感じなくてすむのです。

それは床の材質のほかに、壁が昔ながらの「漆喰(しっくい)」
だということに秘密があったようなのです。

室内の湿度の違い。

「同じ30度の気温でも、日本の夏とハワイでは感じる暑さが違う」とは、よくいわれます。
湿度によって体感温度が異なるという。

夏は湿度が低いほうが涼しい。
ということは冬に乾燥(湿度が低い)すると、寒さはより厳しいことになります。

湿度からみてみれば、日本の夏は多湿なので
「厳しく」暑く、冬は乾燥していて「厳しく」寒いのですね。

木組みの家は、壁が漆喰です。

たとえ外気が乾燥していても、室内では壁が呼吸をしていて適度な湿り気を排出してくれます。

だから低温でも寒さを感じなかったのでしょう。

暮らして1ヶ月ですが、暖房をほとんどかけていません。
そのかわり、ウールの帽子をかむり、綿入れを着て、厚手のソックスをはいて一日をすごしています。

 

木組みの家「高円寺の家」暖房器具

アミアミに暖房器具がかくれています

 引っ越しして2日目の12月26日にこの家の設計をしてくださった松井さんから

「どうですか。寒くはないですか」というお電話をいただきました。

わたしは暖房をつけずに住んでいることを話して、持ち込んだファンヒーターのことなどをお伝えしました。

すると松井さんは、
「煤のつく石油ストーブをたくのは壁によくないですよ」とおっしゃったのです。

炎をたくとどうしても室内の空気がよごれて、それを吸った白壁が、長年月をかけて黒ずんでしまう、とのことでした。

ほんとうに壁は呼吸をしているのですね。

 

<第二話につづく>

 

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「松井事務所」より

Kさん、エッセイありがとうございます。
「高円寺の家」は無垢の木と漆喰の調温湿効果によって、室内の温度と湿度が安定しているので、一度温まると冷えにくいのでしょうね。また、乾燥した時期に湿気を放出してくれると、体感温度は良いかもしれません。
床置エアコン一台で全室が空調できる工夫を施した、省エネルギーの木組みの家ですが、エアコンはあまりつけていらっしゃらないようですね。この冬の寒さは、大丈夫でしょうか?

燃費の良さを計るために、1年を通して温熱環境がわかる、温湿度計を置かせてもらっています。
シーズン毎にデータを公開します。夏のレポートも楽しみですね。

木組みの家「高円寺の家」お庭づくり「高円寺の家」では、庭づくりがはじまりました。
斜めに流れるイメージで石を置いていきます。塀は竹でつくりました。
家づくりのご依頼のとき、建主さんからひとつだけいただいたご要望は「庭を眺めて暮らしたい」というものでした。
家の中からは、どこからでもお庭を臨めるようになっています。
5月の「お住まい内覧会」をご期待ください。

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第二話「60歳の誕生プレゼント」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイです。

Kさんは60歳でこの家を建てられ、お一人でお住まいになっています。
無垢の木と漆喰の木組みの家の生活は、どのような暮らしなのでしょうか。
日々のお住まいの様子をお楽しみください。

 

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第二話
60歳の誕生プレゼント

 

木組みの家「高円寺の家」棟上げ

木組みの家の棟上げ

わたしだけの「おひとり様用」の家を建てることになって、6月初め(12年)に着工、昨日(7月14日)に棟上げ式をしました。
建築というのは、この「棟上げ」が節目になるそうですね。
梅雨のはしりに着工していますから、お天気しだいで、工期の遅れもあることだったのです。

あらかじめ、棟上げ式は7月14日と設定されていましたから、それが予定通りにできるかどうか気をもむ日々でした。

木組みの家「高円寺の家」上棟式の直会の様子です

上棟式の直会の様子です

ところが東京は予想外の空(から)梅雨で、雨が降るとしても深夜か土日に集中したのです。工事現場の影響は少なくてすみました。
去年(11年)の秋に話が持ち上がって、その半年後の棟上げでした。

新宿から中央線に乗り、ほどなく行った駅ちかくに現地があります。 駅をおりると、そこはシャッター商店街とは無縁な地域で、お店のにぎわいが2キロも3キロも続きます。その喧騒からちょっとはずれる小道をはいると、建築現場があります。

たった20坪の小さな敷地です。

木組みの家「高円寺の家」1:50模型

自宅の1:50模型

住宅が密集していますから、お日様を入れるために、庭もつくらなくてはなりません。
したがって1階10坪、2階10坪の狭小なスペース。

1階は玄関、台所、食事室、居間、トイレ、風呂場の間取りで手いっぱい。

寝室と書斎は2階にという設定です。

それでも、わたしひとりで住むにはもったいないようなつくりとなっています。

 

 

5年前(07年)。わたしが55歳のときに直腸がんを患いました。 たまたま発見が早かったので命を取りとめましたが、その時に死んでもおかしくはなかったと今でも思っています。

2年前。わたしが58歳のとき、同居・介護していた義母を見送りました。義母という先頭を走っていたランナーがいなくなり、わたしがトップにおどり出た瞬間です。 次に死の順番をむかえるのは、このわたしになるのです。

若い時には、自分の生が無限にあると信じていたのに、今は死をみつめる自分がいるようになりました。
「何か希望をもたせてくれ」とひとり娘と話し合ったのが、住まいをつくることになったきっかけでした。 「先になにか希望がないと、人はすぐに死んでしまうから」と。
それで、 今年の60歳の還暦の時に、長生きのプレゼントとして、住まいが娘からもたらされたのでした。

7月棟上げ式。
12月のクリスマス前の引き渡し。
ですから、新年(13年)は新しい住まいで迎えることができそうです。

11月28日には伝統芸能の舞台をしている朗(甥)が来てくれて、新しいお家で舞を奉納してくれます。

還暦を迎えて、目標ができた。

あと5年、現職をまっとうし、 その後は末永く娘の仕事をサポートするのです。

娘が「新しい住まいをつくろう」と心に希望の灯をともしてくれたおかげで、わたしの中では生きる意欲がわいてきたのです。

 

<第三話につづく>
第一話はこちらです

 

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木組みの家「高円寺の家」建方

「高円寺の家」の上棟式です

「松井事務所」より

第2話は上棟のあとすぐに執筆された文章です。
上棟式は近頃では見かけなくなりましたが、構造が出来上がる建前のときに建物の無事を祈願して行われる祭祀です。

丁寧に手刻みした材料を豪快に組んで行く建前は、木組みの家の醍醐味です。

上棟式のあとは、建主さんが職人さんを労う「直会」を行っていただきました。

庭づくりも現在進行中です。3月中に植栽が行われます。

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第三話「注文は出さない」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイ第三話です。

Kさんは60歳でこの家を建てられ、お一人でお住まいになっています。
無垢の木と漆喰の木組みの家の生活は、どのような暮らしなのでしょうか。
日々のお住まいの様子をお楽しみください。

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第三話
注文は出さない

自然界では生殖が終わると、死を迎えるのがならわしだとあります。

自分のDNAを子孫に残すと、その役割を終えるのでしょう。

わたしは12年5月に還暦を迎えました。
60歳の折り返し点に来てみて、わたしは
「あと15年か」
と思ってしまいました。
15年たてば、わたしも75歳です。それだけ生きれば充分です。

しかし、限りがあっても15年はあまりにも短い……。

お友達の家。「小竹の家」外観写真です

松井事務所設計のお友達の家。「小竹の家」2009年竣工

ひとり娘のお友だちが家を建てた。
新築祝いに娘が招かれて行ってみたら、「とても良かったよ」と言うのです。
「建てたいと思っているなら、その家を見てごらん」と連れて行かれたのが去年(11年)の秋のことでした。
行ってみてびっくり。ひと目見てすぐに気に入ってしまいました。

木組みの家「小竹の家」内観写真

「小竹の家」の内部二階

木をふんだんに使ったぜいたくなつくり。
カベは新建材のボードではなく、呼吸をしている漆喰(しっくい)です。

「こんな家に住んでみたいな……」と天井を見回していたら、かたわらに立った娘が「お願いしようか」と言ったのです。
そのひと言だけで、わたしの75歳までの想定寿命がいっきに85歳までのびてしまいました。

去年(11年)の暮れに、お友だちから紹介された設計事務所に行って、設計の依頼をしました。
それから図を引いて、半年後の6月(12年)はじめに着工でした。

おどろいたことに、去年(11年)の娘の選挙で、ウグイス嬢をつとめてくださったのが、設計士さんの娘さんだということがわかったことです。
わたしの娘は練馬区で区議会議員をさせていただいているのです。

車酔いになったウグイス嬢にわたしが「耳を引っぱって良いですか」と訊いて娘ににらまれたのです。
あのお嬢さんが設計士さんの娘さんだった。

 

敷地は20坪の小さな土地ですが、いったいどんな建物としてわたしの前に現れるのか、わくわくして待っています。

7月14日(12年)の上棟式。
これは、建築主が職人さんたちの労をねぎらう場でもあるらしいのです。

親戚側はわたしとわたしの兄と娘の3人。現場のみなさんは14人の参加でした。

兄を設計士さんに紹介。
木組みの家を手がけていると聞いて、兄は、「増田一眞さんをご存じですか?」と設計士さんに尋ねたのです。

「結花」外観写真

「結花」外観。170年前のお蔵を移築した全景

増田さんというのは、毎年1月、わたしの甥の主宰する和力という伝統芸能をする団体が、ライブをする松戸市矢切の「結花(ゆい)」のご主人のお名前です。
1級建築士で伝統的な家の建て方を研究されているその世界では「大御所」といわれている方だそうです。

埼玉県の所沢という駅前開発を視察にいったとき、170年前にたてられた薬種問屋の建物がとり壊されることを知って悲しみ、その建物を矢切に移築したのが、現在の「結花」 なのです。

「結花」の室内。梁が太い

「結花」の室内。梁が太い

3月11日の震災のときにもビクともしなかった、木組みのお蔵でした。
「増田先生? 知っていますとも。矢切に移築する時も電気工事の配線の設計を図面をお手伝いさせてもらっています」と設計士さん。
こんな所にも意外な「縁」がひろがっていくのでした。

 

 

 

木組みの家「高円寺の家」1:50白模型

腰屋根

わたしの敷地は住宅密集地ですから、南側に建物があります。
ですから、中庭をつくって日を入れなくてはなりません。

紙モデルを掲示しましたが、L字型の建物になっています。

わたしは設計士さんに 「風呂場の浴槽につかりながら、ライトアップした中庭を眺めてみたい」 とひとつだけ注文を出しました。
左側が風呂場です。そこに小窓が切られてありますね。そこから庭を見ます。

木組みの家「高円寺の家」建方です

木組みの家の建方です

そんな贅沢な注文が通ってしまいました。
出来上がったら、いったいどんな形になるのか、すごく楽しみです。

 

木組みの家「高円寺の家」建方です

一本づつ組んでいきます

「上棟式はぜったい見ておいた方が良いよ」
と娘のお友だちに強く勧められて、今日にのぞみました。

何が起きるのかと思ったら、基礎しかなかった場所に柱が立ち、梁をまたがせ、家の骨組みが次々にできあがっていくのです。

職人さんたちに食べてもらう寿司の大皿、オードブル、冷えたビール、持ち帰っていただく弁当も宅配便で建築現場に届きました。 朝方に強い雨がふりましたが、今はあがって夏の強い日差し。お弁当屋さんも、「気温が高いので早めにお召し上がりになってください」と言い置いていきました。

しかし、工事は予定時間の午後3時を過ぎても、なかなか終わる気配はありません。料理も寿司ですから、温まるのが心配。ビールもあったかくなっちゃう。 そういうことを考えはじめるとわたしの頭は落ち着かなくなってくるのです。

「ほらほら、日差しもなくなって風が出てきたから、お料理も楽になっているよ」
と娘に慰められて、気持ちを持ち直します。

予定時間を1時間過ぎた午後4時に棟上げが完成。 屋根の骨組みまでできました。

棟梁と建築主が四方の柱にお神酒と、塩、お米をまいて神様にお祈りをします。
上棟式は神事だったのですね。

そしてみなさんと顔合わせをして並べられた料理の前で乾杯です。

建築主が挨拶をしなくてはなりません。
娘に頼んだら「人前で挨拶するのはイヤだ」と断られたので、仕方がないのでわたしが前に立ちます。
「人前に立ちたくないって、あなた……」議員を商売にしているくせに何を言っているんだか。

くつろぎながら飲んでいると、となりに座った建築士設計士さんが、「Kさんは建築にあたって何も注文しなかったのが良いですね」とおっしゃったのです。……だから 、やっている方もやりやすくて、力をいれてやっていると。

ありゃ、「風呂場の浴槽につかりながら、ライトアップした中庭を眺めてみたい」というのは注文のしたうちに入っていないようなのです。

高い買い物だから、いろいろなことをいう人がいるらしい。気持ちはわからないでもないですが。
設計士さんたちは専門家ですから、その注文に添おうとするのでしょうが、やりにくいのかもしれません。

ひとつを崩せば、全体のバランスがくずれるということもあるのかもしれません。

わたしは、最初から何の注文もありませんでした。

 

「結花」の2階で「和力」のライブ

「結花」の2階で「和力」のライブ

実は、朗(甥・伝統芸能の舞台俳優)にも同じことがあったことに気づきました。

朗は今年(12年)の11月、娘の地元・練馬では4度目の舞台として招きました。
その勧進元のわたしとしては、本当は、やってもらいたい演目があるのです。

秩父夜祭りに「秩父 屋台囃子」というのがあります。
これを朗がやるととても良いのです。
豪壮で、ひとりで太鼓を打つのですが、とてもひとりだとは思えない太鼓の響きなのです。

でも「やって」とわたしは注文を出しません。
ですから、わたしは05年の松戸公演から朗の「秩父屋台囃子」を見ていません。

もうひとつ。

福島県いわき市に伝わる「ぢゃんがら念仏踊り」も見てみたいのです。
いわき市の青年団は念仏踊りの連を組んで、
新盆を迎えた家々を回るのが伝統となっているらしいようです。
着流し姿で笠をかぶり、腰前に太鼓をすえて、踊りながらそれを叩きます。

朗がやると、これが幽玄でとっても良いのです。
でも、わたしは「やって」と言いません。

こちらからは注文を出さず、彼がやりたいことだけをやってくれれば、それで良いのです。
それは、わたしが朗の芸を尊敬しているので、こちらが何かを注文するのは失礼だと思うからなのかもしれません。

わたしは去年の秋に娘のお友だちの家を拝見したときから、
この家の建築に携わった方たちに尊敬の念をいだいています。

ですから、建築にあたって、わたしは何も注文を出さなかったのだと思います。

 

 

<第四話につづく>
第一話第二話

 

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木組みの家「高円寺の家」お庭の塀は竹

庭の塀は竹、石は六方石で、流れるようなデザインです

「松井事務所」より

信頼して家づくりを任せていただき、ありがとうございました。存分に力を発揮できました。庭づくりも進行中です。現代的な石組と竹垣が響きあうように考えました。

Kさんから、竹の塀が緑から黄色がかってきて味が出てきたとご報告がありました。

これから樹木を植えます。どんな庭になるのか?

5月の「お住まい内覧会」をどうぞご期待ください。

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第四話「18歳も若返った」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイ第四話です。

Kさんは60歳でこの家を建てられ、お一人でお住まいになっています。
無垢の木と漆喰の木組みの家の生活は、どのような暮らしなのでしょうか。
日々のお住まいの様子をお楽しみください。

 

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第四話
18歳も若返った

今日で、木組みの家に入居して1ヶ月(13年1月)が経ちました。
新しい家を維持するために忙しく、パソコンに向かわないうちに夜が更けてしまう毎日です。

「新しい家ができたら、犬か猫を飼ったら」と、ひとり住まいの淋しさを心配した娘から提案されています。
犬は飼い主の顔をぢっと見ているし、 猫はこちらとは関係なく動き回ります。
「でも家で生き物を飼うと、檜の床や杉の柱が爪で痛むから」とわたしは二の足をふんでいます。 生き物より家のほうが、かわいいんです。

毎日、仕事を終えると、
「さぁ、早く帰って、家のお掃除をしなくちゃ」
とわくわくしながら帰って行く毎日です。小さな建坪の家ですが、けっこう広くて、やることはたくさんあります。

娘の提案には、ちょっと心が動かないこともないのです。
わたしがいつか飼いたいと思っているのは、「黒い猫」。
でも、世話はたいへんだし、家に爪を立てられるのを覚悟しなくてはならないので、たぶん実現しないでしょう。

木組みの家「高円寺の家」玄関の猫の人形

玄関のKikiと、娘のつくった猫

近所の本屋さんに寄ったら、「魔女の宅急便」にでているKikiが売っていたので購入。これで飼っているつもりになりましょう。

引っ越しするために旧家を片付けていたら、娘の小学校時代の工作がでてきたのです。鼻は欠けているし、右手も先はない。 
でも、様子がよく出ているので、わたしの「お気に入り」になりました。

 

木組みの家「高円寺の家」洗面所

洗面所。タニタの体重計です

居間から風呂場の脱衣所を見た所です。正面が洗面所。

見えませんが左に浴室、右にトイレがあります。
真っ正面の下に黒い四角のもの。これがタニタの体重計です。
「新しい浴室には、新しい体重計が必要」とタニタを求めました。

いまの体重計はすごいんですね。 体重だけでなくて、他のデータもでてくる。 そのなかに「体内年齢」というものがあります。

体重計に乗っておどろいた。
わたしの体内年齢は「43歳」だったのです。
ことし61歳になりますから、実質年齢より体内は18歳も若かったのです。
おどろきました。
女性のみなさん、たいへんですよ。 わたしのように食生活を変えて希望が芽生えると、身体が若返る可能性がある。

わたしは1年前に、家を新築する話が出て、同じころに食生活の大改善をしたのでした。
今は、外食はしないし、昼食はお弁当を持っていく毎日です。 お肉もほとんど口にしていません。

体内年齢が若いといわれても まだすぐに疲れるし、トボトボと歩いているから、そんなに若さを感じない。

でも、体内は若い。 この若さが、いつか外面にも表れてくるのかしら。

そんなことになるといいですね。
楽しみ。

 

 

<第五話につづく>
第一話第二話第三話

 

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木組みの家「高円寺の家」のテーブルと椅子「松井事務所」より

高円寺の家のダイニングに椅子が届きました。
椅子は「木工房ようび」さんのクレーチェアーを購入しました。桧のフレームとペーパーの座面が素朴でいい感じです。木組みの家と桧の床材ににぴったりです。

「お住まい内覧会」は5月のはじめを予定しています。
近く当サイトでご案内致します。
ぜひ木組みの家と、庭と、椅子とテーブルを直接ご覧になってください。

木組みの家「高円寺の家」の椅子

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第五話「家には知らない生きものが棲んでいる」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイ第五話です。

 

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第五話
家には知らない生きものが棲んでいる

解体前の古民家

解体前の古民家

年末(12年)にラジオを聴いていたら、 タレントの中村メイコさんが、家について話していました。
「引っ越しをしようと決めたとたん、家が傷みだすということが昔から言われてきた……」

人が住まなくなると家が傷む、または朽ちる、ということはよくはなしに聞いていました。
それは、人が住まなくなると、窓を開けて風を入れたりしなくなって、それで傷みやすいと思われていたのです。

 

でもメイコさんの言っているのは、違います。
窓を開けて風をいれる、というのとかかわりなく、思いがなくなると、家が傷みだすとおっしゃっているのです。

住み手の心が切れると、家に棲んでいた「何か」が去ってしまうことを言っているのかもしれません。
わたしの身近でも、ほんとうにあったことなので、メイコさんの言葉をきいて驚いてしまったのです。

わたしが以前、住んでいた家は大田区の蒲田というところにありました。
終戦直後に、わたしの義母と義理の祖父母が建てたものです。
木造モルタル。 築は60年になっています。

12年前にわたしの妻が亡くなりました。
祖父母を看取り、義母を見送って、わたしの娘は独立。
ひとり残されたわたしは娘と相談をして、引っ越しを決心したのが11年の末だったのです。
法定相続人になったわたしの娘は、地震がきたときの被害をおそれて、この家の解体を決意したのでした。

松井設計事務所に移転先の設計をお願いして、引っ越しの準備をはじめたのが12年のはじめでした。
そこから、蒲田の住まいに変化がはじまったのでした。

最初におこったのは、いままで使っていた電子レンジのスイッチが反応しなくなったことです。

灯油を買いにいこうと、ポリタンクを自転車にのせてペダルを漕ごうとしたら、ペダルが空回りして走り出せません。
チェーンがダメになった。

縁側にウッドデッキ風に板が貼っているのですが、その板がはずれて足をのせられなくなってしまった。

勝手口の天井の板がはがれて垂れ下がってしまった。

家だけではなく、それに付属する自転車、電子レンジまでが動かなくなってしまいました。

そういうことが引っ越しするまでの1年間にゆっくりと起こったのです。
少しずつ建物が朽ちはじめた。

家を統治していたなにか得体の知れないものが、引っ越しを決意したときに立ち去ってしまったのでしょうか。
だから家全体のタガがゆるんで、あらゆるものに故障が発生したのかもしれません。

今までの常識では、 「住まなくなると家は傷む」というものでしたが、 現にわたしは住んでいるのに、傷みはじめていたのです。

古民家の解体現場

解体中の古民家の内部

だから、中村メイコさんの言葉をきいて、わたしは膝を打ったのでした。

昔々、日本では、目に見えるものが「ある」といわれ、目に見えないものも「ある」とされました。
両方「ある」のです。

わたしは若いときに、東洋医学を学んだことがあります。

その医学の根本では、「生体をつかさどっているのは気血の流通にある」といいます。
「血」は見えるものだからわかるのですが、「気」のほうは見えないから、生徒には理解しがたい。
でも、見えるものと、見えないものが人体を支配している、と東洋医学ではいうのです。
しかも、「気血」といって、「血気」とは言わない。 見えないもののほうが優位なのです。

この考え方から、建物をみていきましょう。
「朽ちる」という言葉があります。くさって落ちるという意味です。
「腐る」といういい方もあります。現状の状態を保てなくて崩れていく状態をいうのでしょう。
建物を意味するものと違いますが、「穢れ(けがれ)」という言葉もあります。

3つの言葉が意味するのは、生きている美しさを維持できずに崩れ去った様をあらわしている。

われわれは漢字でごまかされていますが、この言葉には共通の意味があるのです。 
それは「気」がいなくなった状態を示しているのです。

「朽ちる」は、ひらがなにすると「くちる」。「く」はか行の変化で「気」なんですね。
「気 落ちる」→「きおちる」→「くおちる」→「くちる」→「朽ちる」

おなじように
「気 去る」→「き さる」→「くさる」→「腐る」

そして
「気 枯れ」→「き かれ」→「けがれ」→「穢れ」

となるのです。
3つもそろうと偶然ではありません。
ことばのもつ背後に、「気」がいなくなってしまっている様を表現しているのです。

「気 落ちる」
「気 去る」
「気 枯れる」

たぶん、ここでたびたび使っていた「崩れる」という言葉も、「気 ずれる」状態のことを指しているのかもしれません。
なにか我々には見えない「気」というものがいなくなってしまうと、生き物は崩れ去っていくのではないか、と昔は考えられていたのでしょうね。

その観点から考えると、中村メイコさんのいった「引っ越しを決めたときから、家は傷みはじめる」という発言も納得がされます。

引っ越しをしようと心にうかべたときに、その家を支配していた「気」が去っていったのかもしれません。
そして、そのときに、わたしの家も傷みはじめた。
見えないその「気」というのは、昔は「神様」と思われていたのでしょう。

その後、ご一新(維新)により、「見えないものも『存在する』というのは不合理だ」ということになって、 見えない「気」は駆逐されるようになったと聞いています。

維新後にはいってきた西洋合理主義は 「見えるものは『ある』。 見えないものは『ない』」 ということで貫かれています。
わかりやすいですね。だから、明治の人はこれを合理主義といったのでしょう。

もっと具体的に東西の違いを見ていきますと、
年齢の数え方に、東洋的な「かぞえ年齢」と西洋の「満年齢」をあげるとわかりやすいと思います。

西洋は見えるものだけが「ある」とします。
胎児が生まれ落ちた瞬間から、年齢をカウントしはじめます。ですから生まれ落ちた1年後が「満1歳」

お腹の中にいて見えなくても、赤ちゃんは存在するのに、 西洋の考え方では、「見えないから存在しない」となるのでしょう。

木組みの家「高円寺の家」獅子

みえない生きものが家を守ってくれています

ところが東洋は見えないものも、「ある」とします。お腹にいてまだ人間として見えない状態のときから赤ちゃんの年齢をかぞえはじめます。 だから、生まれ落ちた瞬間が1歳。 これが「かぞえ年齢」の考え方なのです。

いったい、どちらが合理的なもののとらえ方なのか。

西洋の考え方でしたら、「引っ越しを決めたときから家が傷みだした」といっても「それは迷信だろう」のひと言で片づけられてしまうだけなのでしょうね。

 

でもわたしは、あらゆるものの背後には必ず「気」というものが棲んでいて、それが家を守ってくれている
という見方に1票を投じたいと思っているのです。

 

<第六話につづく>
第一話第二話第三話第四話

 

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「松井事務所」より

 

木組みの家「高円寺の家」庭

庭が完成しました

入魂の儀は、どの家にも毎回行いたい儀式ですね。
古民家を解体していると、その家の人格のようなものが感じられます。
家に魂が宿るということは、あると思います。

庭にもその家に住む人の気持ちを込めてつくりたいと思います。
先日、庭が完成しました。心をこめてつくりました。

5月5日(日)6日(月振替休日)の内覧会へのお越しをお待ちしております。

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第六話「たまいれの儀」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイ第六話です。

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第六話
たまいれの儀

木組みの家「高円寺の家」たまいれの儀衣装

「和力」のK朗(あきら)とK磊也(らいや)

わたしの甥は長野県に住んでいて、伝統芸能の舞台を仕事としています。
和力(わりき)というユニットで海外交流基金のご招聘で、毎年、海外で伝統芸能を披露したりもしています。獅子舞など、神事とする「おめでた芸」を多く身につけています。家が完成したら、その家に神様を迎え入れる儀式をこの甥っ子にしてもらおうと企てたのです。
今回は、昨年11月28日に行われた「たまいれの儀」のお話をしようと思います。
わたしの新しい自宅に「魂(たましい)」を入れてもらう儀式でした。

 

 

 

 

木組みの家「高円寺の家」地鎮祭

着工前の地鎮祭

仏壇を新しく買うと、お坊さんを呼びお経をあげてもらいます。
仏壇に仏様をお呼びするのですね。そういう儀式は家を建てる時にもあります。
地鎮祭→ 神主を呼んで、お祓いをしてもらいます。
建前(上棟式)→土地の四方に塩、お酒などをまいて、お清めをします。
こういうものはみんな神事です。でも家が出来上がっても、なにもしません。 工務店からカギを渡されて、それで「引き渡し」→完了です。

伝統芸能をしている甥のK朗(あきら)に聞いても、 「完成時に獅子舞くらいはした経験がありますが、本格的な『たまいれの儀』というのは今回が初めてです」 とのことでした。さて、どんなことが行われるのでしょうか。

午前10時30分 演技者が現場に到着
11時30分 見学者が現場に到着
12時00分 「たまいれの儀」開始
13時30分 会場を移して飲食

というのが、この日のスケジュールです。見学者は工事関係者、建て主の親族の10人、演技者は2人という布陣です。演技がはじまる前に、参加者は、家の中を見学。

敷地20坪。そのうち1階の建坪が10坪。2階も10坪の狭小な条件。
家の設計をしたのは松井郁夫という方なのですが、図面のお手伝いをしてくれたのは赤川真理さんという若い女性の1級建築士さんでした。

赤川さんは、facebookで「今まで(私が手がけたなか)で、いちばん小さい家なんだよ。でもアイデアが凝縮されている」とつぶやいています。「そんなかわいいいお家、見に行きたい」と読者の反応。

しかし、今日の見学者からは、「そんな狭さを感じさせない作りになっている」と驚きの声があがっています。設計士さんは鼻が高いことでしょう。「今日は曇りなのに、どうして家の中がこんなに明るいの?」ともらす人もいます。南側に大きな建物があるのに、家の中は外より明るい。 きっと、光を取り入れるのも計算のうちなのでしょう。

儀式は12時ちょうどからはじまりました。
「火伏せの舞」の衣裳に身を包んだ朗と磊也(らいや)がみなさんの前に現れます。

木組みの家「高円寺の家」たまいれの儀1

玄関先で割箸を井桁に組みます

まず、見学者を玄関前に誘導。
玄関前に割り箸を井桁に組んだものがあります。これを燃やして神様を呼ぶのだそうです。

その前にお清め。 建て主が敷地の四方にお塩、洗米、お酒をまいて、まわりを清めます。 こういうのを「結界(けっかい)をつくる」というと、以前、朗に聞いたことがあります。 境界線をつくって、神様におりてくる目印をみせるのです。

終わると、衣裳に身を包んだ朗が割り箸に火をつけて、それを踏みつけます。火伏せなのです。

木組みの家「高円寺の家」たまいれの儀2

玄関で権現舞。

大きな獅子頭を持ってふたりの「権現舞」が玄関先で繰り広げられます。あぜんと見守る見学者たち

そのまま、ふたりは玄関をはいり左側の食事室へ。

木組みの家「高円寺の家」たまいれの儀

朗の囃子で舞う磊也(朗の息子)

朗のお囃子で、磊也(朗の息子)の鶏舞。

鶏というのは夜明けをつれてくるものとして縁起が良いといわれています。

そして朗の火伏せの舞。
火伏せは火よけいわれて台所の神様ともいわれている。

木組みの家「高円寺の家」食事室で火伏せの舞

食事室で火伏せの舞

これをしっかりやったあとで、ふたりは階段をのぼって、寝室へ。
パソコンルームは覗かずに、そのまま階下におります。

居間の正面舞台で、磊也の鶏舞。
朗の口上。
そして磊也の口上があって、息もつかせずに「たまいれの儀」が終了しました。

その間、近所の子ども連れのお母さんたちが2組、太鼓の音にひかれて、中庭の観客席に参加していました。

獅子頭に導かれて、お客様は玄関前に集合。

木組みの家「高円寺の家」たまいれの儀、無病息災

無病息災のを願って獅子が参列者を噛みます

見学者ひとりひとりの頭を噛んで、「無病息災」の祈り。

飛び入り参加のお母さんたちは、ご自分の頭は噛まれましたが、連れの子どもたち(5~6歳)は獅子を怖がって後ずさりです。

「ただいま、新しい家に神様を呼んでいただいています」
とわたしがお母様に説明すると、
「○○ちゃん、神様を呼んでるんだって、良かったね」と歓声をあげます。

獅子と参加者全員が玄関先で集合写真。

これで、すべての儀式は終わりました。
わずか40分の儀式でしたが瞬く間に終わった印象です。

「火伏せの儀式ですから、火を使う台所、いつもいることになる食事室で重点的に舞いました。
それといる時間の多い寝室ですね。」と、あとで朗の解説。
それで書斎は素通りだったのか。

立ち会った工務店の社長が興奮して、「こういう儀式はとても良いので、家を作ろうとする人たちにオプションでいれたらどうですか」と設計士の先生に耳打ちしていました。

設計士の先生、工務店の社長が列席していて、「こういう儀式を見るのは、初めてだ」と口を揃えて、おっしゃっていました。 業界で初めてなんでしょうね。 
設計事務所のご長男は、「感動して涙が出てきそうでした」とおっしゃっていました。

こうやってわたしの新しい家に神様が宿ってくださいました。

 

<第七話につづく>
第一話第二話第三話第四話第五話

 

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木組みの家「高円寺の家」たまいれの儀集合写真「松井事務所」より

 すばらしいたまいれの儀式でした。「和力」K朗さん、磊也さん、照公さん、どうもありがとうございました。

”ケとハレ”の区別が薄くなっている現代で、こうしたハレの儀式の大切さを改めて感じました。

5月5日(日)6日(月振替休日)の内覧会へのお越しをお待ちしております。

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第七話「家の狭さをどう広く見せるか」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイ第七話です。

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第七話
家の狭さをどう広く見せるか

木組みの家「高円寺の家」寝室

寝室から廊下をのぞむ。床も天井も板が縦に張られている

わたしの家にはふたつの制約があります。
ひとつは、敷地が19坪しかないことがあります。
そして、ふたつめは南側に2階建てのアパートが建っているので、中庭をつくって光をいれなくてはならないという条件がありました。

中庭にスペースが取られるので、じっさいの建坪は1階10坪、2階10坪しか設定できない。
しかし、中庭をつくっても、冬場、光が射しこむのは2階のベランダ側のみです。

この狭さと、光のはいり具合は、設計上でどういう工夫がされているのかを、住んでみて発見したことがあります。今回は、狭さをどう感じさせないかの発見を、素人ながら述べたいと思います。

これから4回ほどは、建物にまつわる物語ではなくて、5月の内覧会に実際にお越しになる方のご参考にしていただくために掲載いたします。
また、直接、お越しにならない方にも写真をごらんになってお楽しみいただければさいわいです。

 

この家は敷地の制約から長方の形になっています。
玄関が小さい辺で、そこから風呂場にいたる形が長くなっているのです。

住んでみて気がついたのは、床板が、長いほうに向かって張られていることでした。

洋服で言われるのは、横縞の模様は太って見えるし、縦縞はスマートに感じるということがあります。
床板を縦方向に張ることによって、部屋を視覚的に広くてスマートな印象を与えるのです。
こうした貼り方は、建築業界では常識的なことなのでしょうが、素人見ではおどろきの工夫だったのです。

空間的には、天井が高く設定されています。

圧迫感がないので、これからも「広い」という印象がもたれます。
2階の寝室は天井がなく、屋根を支える梁がむきだしであらわれています。
8畳くらいしかない寝室なのですが、とても開放感のあるスペースとなっています。

 

木組みの家「高円寺の家」寝室上のガラス

天井のガラスを通して廊下の垂木が見通せる

写真でみておわかりの通り、寝室と廊下をへだてる鴨居にあたるところがガラスで見渡せるようになっています。
寝室にいながら廊下の梁をながめることができます。
こうしたことも、寝室を視覚的に広く感じる仕掛けになっているのだろうと思われるのです。

5月の内覧会にお出かけになるようでしたら、2階のこのガラス仕切りをご覧になってください。
この家の見どころのひとつです。

 

木組みの家「高円寺の家」書斎

パソコンルームの天井。低くて落ち着いて居ることができる

寝室を出て、廊下を渡るとパソコンルームです。
ここは天井板を貼って、狭い印象を持たせています。
ですから、ここで長時間パソコンをしていても落ち着いていることができるのです。

広くみせるために基本は上を高くし、パソコンルームだけは低い天井。こうしたメリハリの良さが住みやすい環境になっているのだと思われます。

 

木組みの家「高円寺の家」階段

柱一個分広いといわれた階段の幅スペース

 

先日、家屋調査士さんに出来上がった家を測ってもらったのですが、2階にあがる階段の幅スペースが通常の家より「柱一個分、広く取られている」と教えていただきました。わたしにはほかの家と比較する手立てがなかったのですが、専門家によれば、そうだったのです。

狭い建坪なのに、あえて階段スペースは広く取っている。

木組みの家「高円寺の家」二階トイレ

階段正面2階トイレ。便器の両脇が広く取られています

 

 階段をあがると真正面が2階のトイレです。階段の延長線上にトイレがありますから、このトイレも階段の幅と同じに作られています。

ですから、やっぱりトイレは広い。
「ふつう、便器うしろの両脇はスペースがありませんが、この家のトイレは手が入れるだけの余裕がありますね」と調査士さん。
階段の幅スペースのゆとり。2階トイレの広さ。
狭いという制約がありながら、何気ないところにほどこすスペースの贅沢が、住まいをより豊かなものにしているのかな、と感じております。

木組みの家「高円寺の家」リビング

狭いけど居間。左手のカーテン越しが庭

1階の部屋は、東側に台所と食事室、西側に浴室とトイレがあります。

両者の間にあるのが「居間」とされているものです。
居間といっても長方形の場所で、廊下に毛が生えたような狭いスペースです。

木組みの家「高円寺の家」居間から庭を

居間から庭をのぞむ。ウッドデッキ居間を広く感じさせる

 

 

 

この狭い居間を広く感じさせるスペースが設計士さんから提案されました。
庭側にウッドデッキを設置することです。

 

 

木組みの家「高円寺の家」居間デッキ

木製の戸は全て壁に引きこまれます

 

 

 

この開放感は、庭と居間を仕切っていたガラス戸が、すべて戸袋に収納されているからでもあります。

 

 

 

 

木組みの家「高円寺の家」庭から

庭からみた居間

 

 

このようにして、せまい敷地を大きくみせる工夫が見てとれました。

 

 

 

さて次回は、南側に建物がありながら、光をどう採りいれて室内を明るくしているのか、という工夫を感じてみようと思います。

 

 

 

<第八話につづく>
第一話第二話第三話第四話第五話第六話

 

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木組みの家「高円寺の家」生花と庭

お伺いすると、いつも花を生けてらっしゃいます

「松井事務所」より

 東日本大震災のあと、松井事務所が事務局を務めるワークショップ「き」組では、
「日本を、住む。」
という意見広告を出しました。
ただ漫然と「日本に住む」のではなく、
「住む」ということを、もう一度意識し、深く感じて、考える必要があるのではないか、という意味です。

Kさんの文章からは、Kさんが「家を、住んで」いらっしゃるのがよく伝わってきます。
つくり手の工夫を理解していただけて、とても光栄です。ありがとうございました。

「高円寺の家」では5月5日(日)6日(月振替休日)にお住まい内覧会を開催します。
小さな家でも広く感じる工夫を、ぜひ体感してください。

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第八話「光の採り入れ方。浴槽につかりながら庭を見る」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイ第八話です。

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第八話
光の採り入れ方。浴槽につかりながら庭を見る

木組みの家「高円寺の家」越し屋根

越し屋根

さて今回は光の採り入れ方です。

これまで幾度となく申し上げましたが、わたしの家は南側にアパートが建っていて光が入りにくい立地となっています。
南側に中庭をほどこして光が入るように設計されています。

写真は、朝、目覚めたときの天井の風景です。
ベッドの真上で光があふれています。

木組みの家「高円寺の家」ハイサイドライト南側の屋根に小さな小窓がしつらえてあり、リモコンで開けることもできます。

寝室を出て、パソコンルームにいたる廊下。この上部にも開閉式の窓があります。

ここは通常はベランダですが、空中庭園として芝が貼られています。

洗濯物は外に干さず、すべて乾燥機で処理する考え方になっています。
欧米式なんですね。

木組みの家「高円寺の家」屋上庭園そのぶん、芝は贅沢。

 

 

 

そして、この家の特徴は、全室から庭が見えるところです。

 

木組みの家「高円寺の家」居間から庭を臨む

 居間から庭をのぞむ。

 

木組みの家「高円寺の家」食事室から庭を眺める

 

 

 

 

 

食事室から庭をながめる。

 

木組みの家「高円寺の家」寝室からの光景

 

 

 

 

 

寝室からの光景。

 

木組みの家「高円寺の家」浴室木組みの家「高円寺の家」浴室から

 

 

 

 

浴槽につかりながら、庭をながめることが出来ます。
風呂場は、この家の目玉です。

 

木組みの家「高円寺の家」玄関に小窓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  玄関に小窓をつけていただいたので、あかるい。

 

木組みの家「高円寺の家」雪見の地窓

地窓

 

 

 

 

 

食事室の南側。雪見の窓というのでしょうか。

障子を開けると、窓があり、それが開きます。

 

木組みの家「高円寺の家」階段下のあかり

地窓

 

 

 

 

北側、階段下の明かり取り。

 

木組みの家「高円寺の家」吹抜け西側

 

 

 

 

圧巻は、食事室の上部に大きく設置された、はめ殺しのガラス窓です。
これは西側ですが、家で唯一、大空が見える位置です。
この窓の効果で、食事室が大きく見えます。

青空を見ながら朝の食事。

夏場は西日が当たるかもしれませんが、それも経験してみなくてはわかりません。

木組みの家「高円寺の家」食事室のあかり

 

食事室。

東側の窓から朝日が差し込みます。
今朝は卵かけご飯でした。

 

 

 

 

 

<第九話につづく>
第一話第二話第三話第四話第五話第六話第七話

 

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木組みの家「高円寺の家」SketchUp日影検討

「高円寺の家」 の日影検討

「松井事務所」より

 Kさんのお宅は、南側にアパートが隣接しているため、採光は一番の課題でした。

3Dで日影を検討し、冬はたっぷりと光を入れ、夏は直射日光を入れないよう、窓の開け方を工夫しました。

さらに、白い漆喰壁が光を運び、家中を明るくします。

お住まい内覧会では、狭小地でも明るい木組みの家を、ぜひご体感ください。

2013年05月30日 Thu

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連載【木組みの家に住んで】
第九話「隠して奥ゆかしさを演出」

 「高円寺の家」のオーナーのKさんによる連載エッセイ第九話です。

【木組みの家に住んで】

「高円寺の家」施主

第九話
隠して奥ゆかしさを演出

木組みの家「高円寺の家」浄土寺格子の玄関戸

浄土寺格子風の戸

家の中でわたしのお気に入りとしてあげたいのは、玄関と居間を仕切る戸です。

重厚なつくりで、この戸のために家全体が引き締まってみえます。

戸の名称は「浄土寺(じょうどじ)格子をイメージしたもの」といいます。
普通の格子は京都の町家に見られるような縦の格子戸なのですが、これはマス目です。

浄土寺

兵庫県「浄土寺」

 

浄土寺というのは、兵庫県にある、快慶作の阿弥陀如来像が安置されているので有名な古刹です。

昔は寺社建築に富が注がれたので、今の世にも伝統的な技法として残っているのかもしれません。

木組みの家「高円寺の家」庭

この竹の囲いが、建仁寺垣です

 

 

 

 

今回、庭の造成をお願いしたのですが、ここにもお寺の名前がありました。
「建仁寺垣」。
建仁寺とは、これも京都にある、座禅で有名な所です。
このお寺が最初に組んだといわれているのが「建仁寺垣」といわれているそうです。

 

 

 

 

伝統を味わっていただいたあとに、今日は、設計上の「仕掛け」を探検したいと思います。

最初に取り上げたいのは「浴室」です。

十和田石と檜で構成された風呂場。
十和田石というのは軽石のもっと密度のある石だと想像してください。
これが通常のタイルに相当する部分に貼られています。
軽石に近いですから、流されるお湯の浸透がはやい。ですから浴槽がむれることがありません。

実は、わたしはお風呂に入ることが苦手だったのです。
室内がむれるために息苦しくなってしまい、すぐに飛び出てしまうのが習慣だったのです。
ユニットバスはとくに苦しい。

木組みの家「高円寺の家」浴室石貼

下が十和田石。上が檜の構です

しかし、この家の浴室は、十和田石の効果があって息が楽です。
浴槽近くの小窓を空ければ、涼風がはいってきて、庭を眺めながら露天風呂気分にもなります。
何時間でも浴槽に浸かっていることができます。

家が完成した時に、木材関係の新聞社に取材を受けました。
「檜の風呂は、手間がかかるでしょう?」と。
昔の檜風呂はたしかに手間がかかったかもしれません。
お風呂の後には、よく流して乾かしておかないと浴槽がぬるぬるになってしまうからです。

わが家の檜風呂は、写真の通り、浴槽は現代的な素材、シャワーで直接お湯のあたる部分は十和田石でカバーがされています。
檜は上部に設置して、檜風呂の気分を味わうためだけにあります。

十和田石と檜までの高さがじつに絶妙で、シャワーを浴びても、お湯が檜までにはかかりくいようになっています。
いろいろな計算から、この高さが見きわめられたのかもしれません。
ですから、浴室掃除をするときには、檜にほとんど手はかからないのです。

木組みの家「高円寺の家」洗濯機置き場2

浴室のガラス越しから見たトイレ

次に、洗濯機置き場をご紹介します。
風呂場を出ると、左に洗面所、真向かいはトイレです。右は引き戸で閉じられています。

 

木組みの家「高円寺の家」洗濯機置き場

左を開けると洗濯機、右を開けると居間です

 

 

 

 

右の引き戸を開けると、居間への開口部に通じます。
左の引き戸を開けると、洗濯機があらわれる。

ここはちょうど2階にいく階段下にあたります。
引き戸を設定して、洗濯機が見えないようにされているのが工夫です。

木組みの家「高円寺の家」エアコン仕掛け2

食事室の床置きエアコン

 

 

 

 

工夫ついでに、エアコンの設置。

食事室、据え置き型のエアコン。
上部吹き出し口と下部からも温冷風が出ます。下の吹き出しは床下を伝わり、床暖房、床冷房の働きをします。

 

木組みの家「高円寺の家」エアコン仕掛け1

格子に隠れてもリモコンが効きます

 

 

普段は、カバーがかけられてみえなくなっています。

この状態からリモコンでスイッチがはいります。

機器が隠れたので見た目がスマートです。

木組みの家「高円寺の家」階段手摺仕掛け3

階段の手摺にも工夫があります

木組みの家「高円寺の家」階段手摺仕掛け2

角材でなく、細工を施して繊細にみせる

 

 

 

 

 

木組みの家ということで、むき出しの太い梁や柱が出ているのがわが家の特徴です。
それでいてこのように武骨と感じさせない、工夫が見てとれます。

見ていただきたいのは階段の手すり。

 

 

 

 

太い素材をそのままに手すりとして置くのではなく、
細工をして繊細に仕上げています。

木組みの家「高円寺の家」二階廊下

階段と廊下を分ける格子

木組みの家「高円寺の家」階段手摺仕掛け1

軽やかに見せる工夫です

 

 

 

 

 

 

こちらは2階の廊下と階段を仕切る枠です。

 

 

 

 

 

 

こちらも、木を武骨に組んでしまうのではなく、
上部の渡しと下部の足の接合部に細かい技術がほどこされています。
上からでは見えません。
下からのぞき込むとわかるのが、なんとも奥ゆかしい。

 

木組みの家「高円寺の家」階段の仕掛

 

さて最後は、目の錯覚を利用した仕掛けをご紹介します。

写真は居間から2階の階段をのぞんだところです。

檜の階段です。
1段目にご注目ください。ここだけは檜をまるまる使っています。
向こうの壁に手前の壁をあわせれば、本当はこの檜の断面は見えないことになります。

でも、わざわざ手前の壁を後ろに下げて、1段目の檜が見えるようにしてあります。

階段は12段あるのですが、1段目にどーんと檜を見せることによって、まるで12段全部に、まるまる檜を使っているよう印象を持たせています。

実際には12段すべてに使っていたら高額になって、予算がいくらあっても足りなくなってしまいます。
1段だけ見せて、まるで他にも使っているような想像をさせてしまうというのが、この階段の仕掛けだったのです。

 

目の錯覚を利用して贅沢を楽しむ。

建築って本当におもしろいですね。

 

 

 

 <第十話につづく>

第一話第二話第三話第四話第五話第六話第七話第八話

 

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木組みの家「高円寺の家」寝室の垂木スリットガラス

寝室の垂木の間は、空間を吹抜につなげるガラスです

「松井事務所」より

 ”重いものは軽く、軽いものは重くみせる”
建築にはトリックような仕掛けがあります。そのことで空間が軽やかになり素材感が引き立ちます。さりげなく施されているので、住んでいてもなかなか気づかないものですが、創意の意図まで汲んでいただき光栄です。

木組みの家「高円寺の家」浴室天井目地

浴室天井の目地は、湯気を切り、天井を浮いたようにみせます

もうひとつタネ明かしをすると、寝室にも垂木と垂木の間にスリットを入れています。
ここから黄金色の西日が漏れてくるはずです。寝室の閉塞感を取り除く工夫です。

お住まい内覧会はまだまだ募集中です。木組みの家の居心地と、ディティールの工夫を併せて、ぜひご覧ください。

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